日々をつらつらと
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特別な何か


ありふれた毎日の中に、特別な何かを見つけたい。
そうは思ったところで特別なものなものなんて、
そうそう見つかるものではない。

目の前にあるのはいつも、ありふれた風景
当たり前に感じられる毎日という時間。

カメラを持つことで以前よりそんなありふれた、
当たり前のことに目を向けることは増えたけど
特別な何かを見つけられたかというと
そうでもないような気がする。

わたしが見つけたのはやっぱりありふれていて
当たり前に見えてしまう風景ばかり。

それでもいいと思う。
それでもそんな当たり前を見ようとするか
しないかでは、自分自身の中の何かが
違ってくるように思える。

特別な何かはそうそう見つかるものではない。
だからこそ探してみたくなる。それでいい。

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過ぎる行為


9月12日

そろそろ素足ではつま先が冷たく感じるようになって
それが少し嬉しくてまだしばらくは素足のままで
過ごそうと思った。

何につけても 過ぎる という行為はあまり
好ましいとは思えない。それなのに時々
過ぎる行為をしたくなってしまうのはどうしてだろう。
これ以上は痛みが生じるとわかっていても、
その痛みを知るまで辞められなかったり
その痛みを知って安心していたりして
驚くこともある。

生温いところは好きじゃない。
いつも何処かでマイナスな場所を探してる。
これはきっと自分の性だろう。
そんな自分に呆れてため息をつきながら
生温さに浸り、つま先はまた冷たい場所を探してる。



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夜は闇を連れてくる


夜が来るのが早くなった。
みるみるうちに青から紺色になり、やがて
真っ暗な暗闇に。その様を眺めながら風に吹かれて
ゆっくりと歩いた。
気がつけば頭上には小さく星が光っていて
なのに月は何処にもなくて、急に心細くなって
俯いて歩いた。

夜は闇を連れてくる。
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心のものさし


ついつい忘れがちなこの日記。
それでも日々感じることは多くて、多すぎるあまり…
というのはきっと言い訳にしかならない。

誰かと知り合う、話す、向き合うことに
自分のものさしと誰かのものさしを比べることがある。
稀にそのサイズがあまりにも違って戸惑うこともあるけど、
大抵の場合、難なく合わせることができる。
自分にあるものさしは定規や方眼のように
一寸も譲れないものではない。
固くなりすぎないように、
柔軟なものさしを持ち続けたいと思う。

先週末は出会いの時間が多くあり
緊張を少し感じながらも楽しく過ごした。
こうした出会いは歳を重ねるにつれきっと
減って行くのが殆ど。自分にはまだこうして
広げていける繋がりがあることを嬉しく思う。
大切な繋がりがこれからも増えるように
前向きな自分を忘れないように。
ものさしを伸ばしたり縮めたりしていこう。


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カメラとわたしと彼女と写真


9月5日

このところあまり写真を撮っていない。
撮りたいという気持ちもあり、もちろん出かける時には
カメラをバッグに詰め込んではいるのに、
帰るまでそのまま、ということが多くなっている。
夏の暑さで、ということも原因のひとつではあるけれど
何かが違う気がして、というのが本音だったり。
その辺りを考えてみてもその何かがなんなのか分からず
考えれば考えるだけ、といった悪循環に陥りそうな気がしている。
こういうものは自然に任せていればいいだろう。と、焦る事もなく
それでもバッグにはカメラを入れて持ち歩いている。
これできっといい。

夜は写真展へ。
自分とは違う、もっと明確な思考がある作品に圧倒される。
わたしにはわたしが撮る写真に対して、あれまでの
責任感がないような気がする。もっと自分と向き合わなければ。
と、気を引き締めることができた。
彼女とは最近知り合ったのにとても楽しく会話ができ、
次に会うのがとても楽しみだと思わせてくれる一人。
わたしもそう思ってもらえる人だと嬉しいけど。
もっといろいろ、と思わせてくれてありがとう。

秋の夜はどこか寂し気。
肺に冷たい空気を流し込んで、少し温めて
空へ返そう。


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セプテンバー


9月2日

秋になった。
とはいえ、日中はまだまだ暑くて諦めに近い気持ちで
空を見上げることは未だ継続中。
これがなくなればいよいよ、と思えるのに
それにはまだもう少し時間が必要らしい。
終わりというのはそう簡単じゃない。

最近、左腕をよく虫に噛まれる。
何故か左の腕ばかり。今のところ三カ所。
それがやたらと赤く大きく腫れて痒みより痛みが強い。
原因は夏の虫だろうと推測するけど、
その瞬間を見ていないから
何なのかわからず気持ちが悪い。
夏が終われば治まるだろうか。

セプテンバー。
言葉の響きも好きな季節。
夏を言い訳にして後回しにしていたことを
そろそろ始めなければならない。
そして次の季節への準備も。
何事も先回りできればいいけれど、
そうはいかない性分。
風に吹かれるくらいのリズムで始めよう。

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はじまりの雨


8月30日

頭の片隅に小さな痛みを感じながら雨音に目覚めた朝。
雨の日独特の張り詰めたような空気が重く
のしかかっているようで体を起こすのも億劫に思えた。
雨はすぐに上がったけど、小さな頭痛が治らなくて
なんとなく優れない1日の始まりにがっかりした。

近くの田圃では稲が実っていて、
その重みに耐えられなくなっている稲穂が
首を傾げて風に揺れていた。
頭上には大きく広がった雲が流れていて
それをiPhoneのカメラで写真を撮って、
秋を過ごしている気分になって
ようやく気分が良くなった。

目にするもの、耳に届く音、肌に感じる温度
それらに振り回らせてばかりの心地よい
毎日です。
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笑う女と蠅捕蜘蛛


8月29日

空の雲が秋のようで気持がざわつく。
ホッとしたような、物悲しいような、言いようのない
複雑な気持ちがムクムクと現れてきた。

朝から瞼が腫れてひどい顔の自分を笑う。
こんなひどい顔、きっと誰も笑ってはくれないから
自分で笑ったら泣けてきた。
わたしは誰なんだろう?
鏡の中の女が笑ってた。

冷凍庫に小さな蠅捕蜘蛛が迷い込んだ。
慌てて外へ、と思っているうちに小さな蜘蛛がみるみる
小さくなっていって、動かなくなった。
温かい場所へ、そっと戻した。
小さくなった蜘蛛は動かなかった。



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さようならの準備


8月27日

秋に手が届きそうな気がする。
日中はまだまだ夏でも、朝夕はそう感じることが
増えてきたように思う。
またさようならを言わなければ。そう思うと苦手な夏も
少しだけ好きになれるわたしがいる。
もう諦めはじめている夏にさようならの準備をしよう。
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再会


8月26日

土曜は再会の日。
帰省している写真仲間と久しぶりの再会。
彼女が参加している写真展と、自分が参加している
写真展を見るために京都〜西宮をぶらり。
異常な暑さの京都で悲鳴をあげて笑ったり
西宮ではカフェの冷たいドリンクで癒されたり
とても充実した時間を過ごした。
いつも楽しい時間はあっという間に終わるけど
また、という時間もきっとあるから笑って手を振った。

ありがとう、またね。
次会う時も、そうやって。
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